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広島高等裁判所 昭和40年(け)7号 決定 1965年10月13日

申立人被告人

阿藤周平

同同

稲田実

同同

松崎孝義

同同

久永隆一

右四名弁護人

佐々木哲蔵

青木英五郎

前堀政幸

右被告人らに対し、広島高等裁判所が昭和四〇年八月三〇日なした勾留に対し、適法な異議の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議の申立の趣意は記録編綴の弁護人佐々木哲蔵、同青木英五郎、同前堀政幸共同作成名義の高等裁判所がなした勾留に対する異議の申立書及び勾留に対する異義の申立補充書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

本件異議の申立の要旨は、「広島高等裁判所は、昭和四〇年八月三〇日被告人阿藤周平に対し死刑、被告人稲田実に対し懲役一五年被告人松崎孝義、同久永隆一に対し各懲役一二年に処する旨の判決を宣告し、即日刑事訴訟法第六〇条第一項第二号、第三号に該当する事由ありとして、新に勾留状を発し、被告人ら四名は同日広島拘置所に勾留せられた。

しかしながら、右勾留は法的根拠なく違法なものである。すなわち、

(一)  刑事訴訟法第九七条第一項所定の処分は、勾留状の効力が存続している場合に関するものであるが、本件は既に昭和三四年九月二三日広島高等裁判所において無罪の判決を受け、刑事訴訟法第三四五条により従前の勾留状はその効力を失つており、同法第九七条第一項所定のいずれの場合にも該当しない。

しかして、同項所定の各処分は、終局判決後の後始末的処置であり、これとは全く性質を異にする新な勾留状を発して人身を拘束する場合の処置を含んでいるものとは解されず、憲法第三一条、第三三条、第三四条等の趣旨に照し、刑事訴訟法第九七条第一項は限定的規定であり、単なる例示的規定ではない。

(二)  従つて、終局判決をした裁判所は、刑事訴訟法第九七条第一項所定以外の処分はなし得ないのであつて、広島高等裁判所が被告人らに対し有罪の判決宣告をしたからといつて、判決後新に勾留状を発したことは、なんらの法的根拠に基ずかない違法なものである。特に本件においては、上告申立後に新に勾留状が発せられたものであり、原裁判所である広島高等裁判所がした右処置は、刑事訴訟法第九七条第二項、同規則第九二条第二項所定のいずれの場合にも該当しないからなおさら違法である。

(三)  訴訟が審級を離脱した場合、その裁判所(原審)がその事件につき、なんらの権限を有しないことは異論がない。しかしてその審級離脱の時期につき、

(1)  終局判決宣告の時

(2)  上訴申立の時

(3)  上訴申立後上訴申立書(記録)が上訴審に送付された時とする三説があるが、右(1)の説が正当である。

そして、右(1)の説によれば、終局判決後はその裁判をした裁判所は、当該事件の勾留に関する一切の権限を失い、該権限はすべて上訴審のみに属することとなる。

しかし、未だ上訴の提起がない場合及び上訴の提起があつても記録が上訴裁判所に到達していないものについては、現実に上訴審において勾留の処分に関する権限を行使し得ないから、その場合の特則として、上訴審のみに属する勾留処分に関する権限中、特定のものだけを原審に附与したのが刑事訴訟法第九七条第一、二項、同規則第九二条第一、二項の規定の趣旨である。

従つて、右法規に明定された権限は限定的であり、例示的なものではない。しかして右規定によれば、原審裁判所には勾留自体の権限は附与されていないし、右権限は専ら上訴審のみに属するものと解しなければならない。ただし、勾留自体に関する権限を原裁判所に附与していないのは、本来勾留は将来の審理のため、被告人の出頭確保竝びに罪証湮滅防止の必要のためであり、終局判決後は、原審には性質上この必要性の判断という問題がなくなつているからである。

(四)  本件勾留について、広島高等裁判所は、いわゆる勾留尋問をしていない。本件被告事件においては、前記無罪の裁判によりその勾留状の効力を失つており、再差戻しの第二審である広島高等裁判所において審理を受けていたものであり、かかる場合被告人を新に勾留するには、刑事訴訟法第六一条による勾留尋問をすることが必要である。この手続を経ていない本件勾留は違法である。」

と主張するものである。

よつて、順次検討して判断することとする。

第一、審級離脱の時期について、

刑事裁判において、当該被告事件につき終局判決があつた場合、何時審級を離脱するものと解すべきかにつき学説は区々であり、弁護人ら主張のとおり各場合が考えられるが、当裁判所としては、終局判決により裁判の告知があつた時被告事件の審判の範囲内、すなわち犯罪事実の存否及び量刑の判断に関しては、事件は当該審級を離脱するが、その附随的手続すなわち刑事訴訟規則(以下単に刑訴規則と略記する)第五二条、第五二条の一三所定の事後処理手続、刑事訴訟法(以下単に刑訴法と略記する)第九七条第一項、刑訴規則第九二条第一項所定の勾留に関する処分を含む身柄の取扱いに関する手続等に関しては、未だ当該審級を離脱しないで係属しているものであり、上訴の申立のあつた場合は、被告事件の審判の範囲内で事件は上訴審に移審するが、訴訟記録が原裁判所に存する限り前記附随的諸手続のほか、刑訴法第三七五条所定の裁判手続、同法第九七条第二項に基ずく刑訴規則第九二条第二項の処分等をなすべき範囲内では、事件は未だ上訴審に移審の効力を生じないで、なお原裁判所に係属しているものと解するのが相当である。けだし、前記各規定は右附随的手続をなすべき範囲内で、事件はなお原裁判所に係属していることを前提とし、前叙各処分をなすべきことを原裁判所に対し義務づけているものと解するからである。

第二、刑訴法第九七条第一項、刑訴規則第九二条第一、二項について、

右説示のとおり当該被告事件は終局判決後上訴申立までの間はもとより、上訴申立後も記録が原裁判所に存する限り、前記附随的手続に関する範囲内においては、なお原裁判所に係属しているものと解するから、刑訴法第九七条第一項、刑訴規則第九二条第一項はもとより同条第二項も、訴訟記録が原裁判所に存する時までに関しては当然のことを定めた規定と解すべきであつて、所論の如く右各規定によつて初めて原裁判所にその所定の各処分をなし得る権限が附与されたものと解すべきではない。しかも右各規定は法文上その置かれている位置及びその内容からして、いずれも勾留状の効力が存続していることを前提としたものであり、勾留状のない場合及び勾留状が既に効力を失つている場合に関するものではない。

右のように解する以上、右各規定に原裁判所のなすべき処分として勾留更新等の処分が定めてあるからといつて、これに新な勾留をする場合をも含むものと類推解釈又は拡張解釈をして、本件の如く前の勾留状が効力を失つている場合に、右刑訴法第九七条第一項又は刑訴規則第九二条第一、二項により、原裁判所が新な勾留をなし得るとするのは相当でない。

第三、上訴申立後において原審が新に勾留状を発することができるかについて、

前段説示のとおり、上訴申立後原裁判所は、直接刑訴法第九七条第二項、刑訴規則第九二条第二項の規定によつては新に勾留状を発することはできないが、前記第一の審級離脱の時期について説示した如く、上訴の申立によつて被告事件の審判の範囲内で、事件は上訴審に移審しているけれども、これに伴う附随的手続の範囲内においては、なお原裁判所に係属しているものと解する以上、刑訴法第六〇条に基ずき原裁判所は新な勾留も、同条第一項各号所定の理由竝びに勾留の必要性が認められる限り、これをなし得るものと解するのが相当である。

いま、本件についてこれを観るに、被告人らに対する終局判決は、昭和四〇年八月三〇日広島高等裁判所(以下単に広島高裁と略記する)において言渡され、所論のとおり被告人らはそれぞれ有罪として実刑に処せられ、即日上告手続をしたのであるが、訴訟記録が原裁判所たる広島高裁に存し、前記附随的手続の範囲内で、事件はなお同裁判所に係属中であるから、同裁判所は刑訴法第六〇条に基ずき同条第一項各号に規定する事由が新に生じ、且つ勾留の必要性を認める場合には、新に勾留状を発することができるものといわなければならない。

第四、原裁判所が新に勾留状を発する場合、刑訴法第六一条のいわゆる勾留尋問をすることを要するかについて、

およそ、刑訴法第六一条がいわゆる勾留尋問の必要を定めたのは、勾留は身体の拘束であるから慎重を期し、被告人の人違いなきやを確認してこれを特定し、且つ被告事件を告げて、これに関する陳述の機会を与える趣旨である。

従つて、刑訴規則第一九六条の人定質問をし、刑訴法第二九一条第二項の手続を終了した後は、被告人の特定、被告事件の告知竝びにこれに対する被告人の陳述の機会は既に与えられているから、更に勾留尋問の必要はなく、最高裁判所から前の無罪判決を破棄して差戻された本件被告事件においては、前に右手続が履践されているのであるから、広島高裁がその手続を履むことなく、直ちに勾留状を発したからといつて、同法第六一条に違反した違法のものと断ずることはできない。

叙上の各理由により、広島高裁が被告人ら四名に対し、所論の新な勾留状を発したことに何ら違法のかどは認められないから、結局本件異議の申立は理由なきに帰する。

よつて、刑訴法第四二六条第一項に則りこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。(高橋英明 福地寿三 田辺博介)

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